VRの機械設計適用の実態

 機械設計という製造業でのVR活用について、興味のある方は多いと思います。
 そこで今回は、富山県にある機械設計の会社、株式会社メカニック社を訪問しました。同社は、先代が1980年に工作機械や産業機械の設計を請け負う機械設計事務所として立ち上げられた会社です。技術的に高い水準で設計することを目標としており開発機を好んで受注されています。最近では、富山県内の機械メーカーの仕事のみならず、場所や業界に拘らずお仕事をされているそうです。
 それでは代表取締役社長の猪上将様からお話をお伺いしたいと思います。

猪上将:株式会社メカニック社 代表取締役社長
Masa(まさ):NPO法人VXLink理事長

猪上 こんにちは。メカニック社の猪上です。

Masa(まさ) こんにちは。本日は、ありがとうございます。御社のような製造業系でのメタバース関連の話題は例も少ないため、今回非常に興味深く思っております。
 さっそくですが、簡単に会社の業務内容などについてご紹介いただけますでしょうか。

猪上 弊社では機械設計を基本としていますが、開発段階における検証としてのシミュレーションやアニメーションの作成なども行います。また、3Dプリンターを用いて小さな部品の検証用試作も行っています。

 最近は、CPUボードを利用した制御を、開発案件で活用できないか模索しているところです。また、過去にはシステムの構築やWeb等のアプリケーションを作成し案件の管理を行っていたこともありますので、今後この方面も広げていきたいと考えています。

Masa(まさ) 2Dあるいは3D図面による機械設計がベースにあって、さらにその付加価値を高めるため、様々なものにトライしているということですね。CAEシミュレーションなど専門知識も必要ですし、システムも高価ですよね。さらに3Dプリンターでも試作もされているとのことで、設計検証への取り組みの本気度がうかがえます。
 ところで猪上様は、もともと機械設計を専門とされていたのでしょうか。

猪上 私は、大学では電気・電子を学びました。修士論文は通信と画像処理についてで、この時はソフトウェアが主な内容でした。その後、電子機器やカメラの中堅メーカーで電子回路設計に携わった後、ベンチャー企業を経て富山に帰り(株式会社メカニック社に入社し)機械設計を行っています。

Masa(まさ) 出身は、電子回路設計ですか。シミュレーションやシステム構築などは、やはり学生時代からの強みなのですね。その幅の広さが、古の機械設計に留まらない源泉なのでしょうか。
 そんな御社ですが、設計にVR(バーチャルリアリティ)技術を取り入れているとお聞きしました。どのような理由で設計にVRを取り入れようと思われたのか、背景などお聞かせいただけますでしょうか。

猪上 以前から社内の技術的な進歩を目的として、ユニットの試作や自動化、シミュレーションや検証などの新しい設計手法を模索していました。その過程でVRについても取り組んでいましたが、初めはどのような場面で使用すればよいか手探り状態でした。
 実際の開発で活用し始めたのは、3年ほど前からです。ある開発案件の中で実際のサイズ感やメンテナンススペースの視野確認が必要になり、そこにVRを適用したのがきっかけです。
 まずはヘッドセット(HMD)で3Dデータを見えるようにするところからのスタートでした。評価としては、目新しいこともあって組み立て担当者などからの反応は良かったのですが、コストダウンや開発速度の面から前向きでない評価もありました。現在は以前よりは受入れられてきており、お客様と共に使い方を模索している状態です。

Masa(まさ) VR適用のきっかけは、製品や部品の空間におけるサイズ感や位置関係の把握にあったわけですね。VRの適用には、反対意見もあったようですが、それを超えるメリットなどを社内にお示しすることはできましたか。

猪上 評価が良かったものの一つは、開発途中での作業性やメンテナンス性などの検証です。特に設計段階において、3DCADのディスプレイ表示より、明らかにサイズ感などの面で設計者以外からのフィードバックを得やすくなりました。
 その他では新規開発機のプレゼンに使用する場面も出ていきています。動作が複雑な機械では3Dモデルのアニメーションを利用して説明する場面も増えてきました。VRを使用することにより、今までのディスプレイ画面よりも使用感などが伝わりやすくなりました。
 現状ではまだ目新しさが先行して反応は様々ですが、まだない機械をより実感を持って伝えることができるようになりましたので開発中にも一歩進んだ話が出来るようになったと思います。

Masa(まさ) 開発段階におけるVRを利用した肌間隔での製品の理解が受け入れられつつあるのですね。まだリアルの形になっていないものを、そこにあるかの如く観察したり操作できるのは、強力な武器となりますね。
 実際にVRを通して体験したことによって、その価値が共有され始めていると思いますが、初めにVRに取り組んだ時の期待値と現実とのギャップはありましたでしょうか。今後の課題等もございましたら教えてください。

猪上 最近はツールが使いやすく、やりたいことを出来るようにするための学習コストは低くなってきています。その一方、技術の進歩が激しくどのような使い方が良いか評価が定まっていないこともあり、大きな組織でルールを整備して活用しようとするとすぐに陳腐化してしまう状況にあると思います。
 そのため我々としては、現状ではあまり労力がかからない小さなところから活用を進めています。

Masa(まさ) スモールスタートで着実にというわけですね。コストもかかりますから失敗はできるだけ避けたいところです。今後のVR活用の方向性や予定などございますでしょうか。

猪上 オンプレミスでの環境構築が容易になってきていることもあり、LAN内であれば複数のヘッドセット(HMD)を使用して同一のVRを見ることも難しくなくなってきています。これによってDR(デザインレビュー)などでの活用を進めようとしています。また、実機とVRをつなげた空間、いわゆるAR,MRでの評価もしていきたいと考えています。
 また、簡単な物理エンジンの利用やアニメーションも容易に作成できるようになってきていますので、開発中にあまり労力をかけずに様々な用途に活用できると思っています。今後はVRだけでなくMRも活用した開発・設計も進めていきたいと考えています。
 VR~MRの有用性が認められるに従い、主要CADへの実装などがさらに進むと思いますが、VR空間を自由に扱うことができれば応用できる分野も広がりますので、様々なことに取り組んでいければと思います。

Masa(まさ) 複数人でのVR空間でのワイガヤは、非常に楽しく有効ですね。私も日頃、メタバースのワールド製作段階で複数の友人を招いて欠点の指摘などいただいていますが、本人の気づかない点を細々指摘されることで完成度が高まります。また、AR,MRは、VRとは異なった用途への展開が期待できます。御社の今後の取り組みに期待いたします。
 それでは、メタバース全体への今後の期待などあれば、お話しいただけますか。

猪上 ネットワークを通した、コミュニケーションの共通基盤として整備されることを期待しています。触覚などに対応した新しいデバイスが増えれば、さらに応用できる分野が増えると思います。
 また、メタバース内で自由にエージェント的なツールを使えるようになるなどすれば、従来とは異なるコミュニケーションが可能になると考えていますので期待しています。
 その他には比較的簡単に環境を作ることが出来るようになってきていますので、用途に特化した環境などで、より特殊な体験やコミュニケーションが出来るのではと考えています。また、現実に沿った環境を作ることもできますが、現実とは異なる環境も作ることができますので、個人的な表現手段としてもよいかもしれないと考えています。

Masa(まさ) メタバースがコミュニケーションの共通基盤の一つになるのは、間違いないですね。そのためには、さらに機器が普及価格帯へと降りてくる必要があり、重さや操作性などが高齢者等にも優しくなる必要があります。性能や機能の向上・充実も必要ですが、現状でも十分いろんなことができていますので、やはり門戸を広くすることが重要ですね。それによって新しいコミュニケーション文化が生まれてくるのだと思っています。
 猪上様は、昔から楽器演奏をされていて、フリージャズやノイズミュージックを好まれているそうですが、メタバースで楽器演奏やセッションをするのは既に始まっています。また、最近始められた書道も、メタバースで書道教室など開催されています。ぜひ、これらに参加することで新しいイマジネーションを搔き立て、既存の機械設計の枠にとらわれない、新しいメタバースの活用を目指していただきたいと思います。

 本日は、本当にありがとうございました。