自治体メタバースにおける市区町村の今日的課題
日本建築学会で、各地の自治体がどのようにメタバースに取り組んでいるか、その実態に迫る大変興味深い論文があったので、ここでご紹介させていただきます。
これは、令和6年3月の日本建築学会2023年度(第94回)関東支部研究発表会で近畿大学の橋本氏が発表されたものです。
本研究の背景は、
政府は「デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針」において、個々のニーズに合わせたサービスを提供と誰もが取り残されないデジタル社会の構築を目指すとの方針が示された。
を受け、その実現方法のひとつとして
メタバースを活用することで、都市と地方の物理的制約を取り払え、関係人口が拡大する可能性がある。
としており、そこでこの論文では、今後の更なるメタバース活用の発展のためには、
市区町村がメタバースを活用した事例を自治体メタバース{以下、LGM(Local Government Metaverse)}と名付けた。今後さらに関係人口を拡大し、デジタル社会を構築するためには、LGMを導入する市区町村の課題に目を向けることが重要だと考える。
と現状の課題に注目しています。
1.LGMの導入状況
まずインターネット検索によって調査した、LGMの導入状況一覧が示されています。本調査は、都道府県を対象外とし、市区町村が実施・関与したものを調査したものとなっています。
これらは、下記のように分類・整理されています。
全26件のLGM事業を、メタバース上に新たな空間の創出を行う事業である「空間形成」、メタバース上でイベントを行う事業である「イベント実施」、メタバース上に空間作成及びイベント実施を行う事業である「空間形成とイベント実施混合」に分類し、整理した。
2.運営体制
LGMの運営体制や担当者の背景については、アンケート調査を実施されています。
LGMに関わる職員数は3名(33%)が最も多い。また、LGMは市区町村と委託や提携、協力先の企業や団体の2組織で運営している。市区町村のみで取り組むといったケースは見られず、委託や提携、協力関係の企業や団体が存在する。市区町村に委託や提携、協力企業や団体が存在するのは、LGM実施には担当者では対応できないエンジニア的側面の部分があるからだと推測される。担当者になった経緯や背景としては、定期的な異動や所属部署が実施するなど外部的要因でなる。興味を持っているは4件と少しは見られたが、メタバースやデジタル技術などに詳しい人がなるケースは1件のみとほぼ見られなかった。担当者自身の知識や素養から担当者が選ばれていないことが窺える。
このような自発的ではない担当者が多く、自らの発案で担当したものは少なかったようです。
また、担当者の取り組み前段階でのメタバース認知度については、下記の通り聞いたこともない人はいないまでも、ほとんどの人はぼんやりとした認識だったと思われます。
聞いたこともなかったは0件(0%)といなかった。なんとなく意味を知っていたが9件(50%)と最も多く、聞いたことがあったが意味は分からなかった7件(39%)であった。意味をよく知っていたのは2件(11%)のみであった。
3.LGMの実態
市区町村がLGMを企画してから運用開始までに要した期間や初期の予算は、下記の通りです。
約90%が半年間以内と短い期間で運用開始に至っている。短期間で運用開始に至っているのは、十分な検討や議論の上実現しているのではなく、委託や提携、協力企業や団体に任せているためであると考える。また、LGMは初期予算として、500万円以上で取り組まれることが多い。初期予算を付けないケースも見られた。これは委託や提携、協力企業との実証実験として実施されていた。
期間にしても費用にしても、委託や提携、協力企業による影響の比重が非常に大きいようです。
さらに最も気になる部分ですが、担当者の方が最初の企画段階で想定していたイメージと運用後の差異について下記のように述べています。
企画段階での想定と実際の結果の異なりとして最も多いのが、「制限」であった。メタバース空間の容量などのプラットフォーム側に制限があり、画像の変更といった対応が求められた。また、アクセス集中に弱いなど事前に担当者が様々なプラットフォームを経験しておくことで、気づけることが多い。
そして肝心な実施後の効果については、下記のような集計となっています。
LGM は地域内外の問い合わせやマスメディアに取り上げられることが多い。
4.まとめ
LGMの導入は日本全国で実施されているが、その事例の共有が十分でないとしています。
LGM の運営体制は市区町村と委託や提携、協力企業や団体の2組織で企画・運営されている。市区町村のLGM 担当者のメタバースに対する認識は曖昧であり、未経験者が担当するケースが多く、担当者の想定と実際の結果で異なりが生じている。 婚活協会の事例では、代表理事の専門性から市区町村の委託先として選ばれる一方で、メタバース婚活がパッケージ化されることで、市区町村の担当者にパッケージ以外の知識が蓄積されづらく、市区町村側からメタバースを活用した多様なサービス提案が生まれにくいことが課題となっている。
そして、LGMを導入する市区町村の課題を下記のようにまとめています。
LGM は担当者のメタバースに関する知識や情報、経験の不足に大きな課題がある。対処するためには、担当者の積極的な学習と行動が必要と考える。特に、メタバースの概念が曖昧であるため、担当者はインターネットでの検索だけでなく、担当者自身がメタバースを経験し、イメージを確立することが重要である。このことにより、各市区町村の担当者が適切な知識と情報を持ち、LGM に取り組めると考える。また、同時に市区町村間で事例を共有することが、メタバースを活用した多様なサービスの創出につながると考える。担当者の経験と学習を通じて得られた知識が、市区町村が提供するサービスの質向上とサービス対象者の満足度向上に寄与するだろう。 以上のことは農村や都市、地方といった物理的な制約に関わらず、誰も取り残されないデジタル社会を実現するためには必要なことであり、市区町村に求められることであると考える。
一般的に見て、日々の業務に追われ多忙な担当者からみると、新たに発生したLGM立上げは、興味の薄い人には非常に負担だったことが想像できます。可能なら外部などに丸投げして済ませたい方もいるでしょう。しかし、それではサービス対象者の高い満足度を得るのは難しいですね。また、積み重ねの経験値という意味でも、翌年度以降への改善が期待薄となってしまいます。
そこを多少なりとも改善させるのが、全国の他所の自治体の詳細事例を共有することだとここではまとめられています。NPO法人VXLinkは、その活動によって、このような事例共有や情報共有の場を提供できればと思っております。
記事:Masa(まさ)