巡りゆく時の系譜(メタバース短編小説)        ~Echoes of sounds and words~

 朝慌てて目が覚める。「いけない!寝過ごした!!」ふとスマートフォンの表示を見ると月曜の朝4時。1日間違えたのだ。
 自分はふっと息を付く。そう、毎週火曜日の深夜に自分はVR仮想区間のラジオのパーソナリティをしている。

 ずっと昔まだ小学生の頃に放送部に憧れており、楽しみの給食の時間に放送部の子は立ち上がり、先生と話をした後に給食も食べずに放送室へ行く光景を覚えている。

 数分後に「ピンポンパンポン!今日は●月■日の───です・・・」とその子の声が聞こえてくる。
 当時の自分は大人しめでとても放送なんてできたもんじゃない。
 その記憶は以後何年も心の奥底に眠ることになる。
 誰だって過去の記憶は楽しいこと、充実したこと、リアルに自慢できることだけでなく、甘酸っぱかったり悔しかったり後悔したり様々なものがあるのではと感じている。

 自分のこの内なる心臓・絶大なる鼓動、満身なる体内に蓄積された思い、そして感情は一種のシンパシー、記憶の邂逅ではないかと思ってしまう。言葉を連ねて言い訳がましく述べているが要は「人生でやりたいことが出来なかった。そしてやり残してしまったことに激しく後悔している。」端的に言えばそう言うことだ。言葉に出せばたった1行だが、これが実に深い。過去には遡れない。もがき苦しんでもどうにもならない。

 そして時が流れ社会人となった自分。
 なりたかった職業は夢のまた夢で現在は全く違うことを行う日々。
 当然ながら放送部をはじめ他にも学生時代にやりたかったことは沢山あった。
 どれも年を重ねる毎に諦めていった・・・。

 現実での自分のポジションそして毎日の境遇、決して全てが悪い訳でなかったが何か「大事なこと」・「やりたいこと」を人生の片隅に残してしまったのでは。そんな思いがずっと続いていた。

 SNSも最初はトレンドに流されてアカウントを作成したり形は取り繕っても、結局は具体的に何かをする訳でなく1人で空欄の画面を見つめて「投稿するネタも投稿先もない・・・」と数時間固まっていた時もあった。

 そしてSNSは止めて5年もの月日が流れた。

 今ではVR仮想空間のパーソナリティである自分も、当時は単調でかつリアルな世界が続いていた。遜色ない現実世界。疑似的な空間や仮想現実など全く無い。では仮想空間とはどのようなことなのか。

 古くはハリウッド映画で時空を遡るもの、アニメだって近未来の便利道具など何でもあるじゃないか。そもそも仮想現実が日常のメジャーとなったのはここ数年。そう非現実な世界を語るには「その前段」前振りが必要だ。そもそも日常を充実したものなら現実と異なる世界線になど突入する必要ないのではないか。要は「社会人としてリアルに忙しく終日時間を失う時間が5年も続いた」端的に言えばそう言うことだ。

 忙しさと虚無・・・。廃人のようにグレーな空を眺めていた現実空間。その時だ。ふと以前のネトゲ仲間より声がかかり「ここ数年でリリースした最新作を一緒にどう?」と誘われ久々にアカウントを作成して数か月遊んでみた。

 普段ならこんな余裕は全くなくお断りな筈なのに何でだろう、気晴らしが欲しかったのか。数日、数週とそれなりに楽しかったのだが、このグループは期限付きで解散となり、「また1人」となった。

 そこでのやり取りがメールや臨時で書き込める掲示板だけでは不便であった。考えた結果、以前作成した「有名な紅い猫」という名の短文投稿用SNSのアカウントを思い出した。ずっと運用せず放置されていたものを今回再利用に、ユーザ名やプロフィールを全て書き換えた。自分の名前も正体不明の英訳「Unidentified」と名乗ることにした。

 「外国人ぽくて格好いいな!」と大変気に入った。そう仮想現実の人格が確立、生誕した瞬間だ。そしてここではやりたいことを中心に連日発信した。「紅い猫」には多くのフォロワーが増えていった。

 そこでは「Timeline」より自分の興味ある発信やフォロワーの発信が並んでおり、あるキーワード「VRZ」を発見する。これは仮想空間上のコミュニティだそうだ。しかし全く分からない。周囲に誰も詳しい人がいないし何が必要かもだ。

 それから1箇月以上、集中して情報を劇的に収集して開始するためのプロセスを見つけ出した。そうしたらあっという間に接続からプレイまでできるようになり、その深淵の世界に入り込むこととなった。そう世間でいう「メタバース」と呼ばれるものだ、この言葉はその後に知る。当時は何も分からず概念も理解できず無我夢中でこのプラットフォームに入り込んでいた。「まさか!自分がこの世界に入るなんて!」そのまさかだ。

 仮想空間。そこで出会ったフレンド達とのやり取りは割愛する。余りにも没入した。数万を超える発信をした。写真などテラバイトを超えた。現実と異なるこの仮想世界・・・何かが弾けた結果がいまである。
 何がそうさせたのか。理由は過去の自分によって生まれた前段が原因か。非現実世界に突入するだけの準備が既に「過去」によって構築されていたのか。神のみぞ知る。

 「VRZ」そこでは主催と呼ばれるイベンターが定例で何かを行い交流を深めていることを知った。その仮想空間で1年が過ぎそうな時に自分に承認欲求が沸いて何か主催したいなと思い始めた。
 そこで記憶が蘇る・・・「放送部!」既に多くの方と知り合いになり、この分野はこの方が詳しい・この方が強いなど、空気感が分かってきて自分でも信じられない程、迅速に行動した。ようやく点と点が繋がったのだ。

 そしてまた1年後、気付けば毎週のルーチンの如くVR放送の台本を作成している。表題には第80回と書かれている。ナンバリングも増えたものだ。ディレクター兼パーソナリティである自分は広報も行っている。今週は来月放送用の告知ポスターを数点制作そして発信。広報活動も順調だ。ゲスト様とのスケジュール調整も万全。放送内容を丁寧に説明。放送後にもお礼も多数。

VR放送名は「Introduction to the world」。VRの世界を広めるべく活動している。

 何を言いたいかって?ほら!もう毎日が充実してる! 忙しい! でも楽しい!

現実(リアル)と180度異なるこのVR空間は過去の邂逅や傷跡など吹き飛ばすくらいのパワーで突き進んでいる。フレンドから最近よく「あれもこれもよくそれだけできるよね!」と驚きと冗談交じりに言われてる。

いまの自分を客観的に見ると非現実な空間で活動して認められ、まだ尚の進化を続けている。これは何だろう。時空を超え非現実世界にて自分のアイデンティティが確立された。正にそうではないか。灰色のモヤの掛かった世界から鮮やかなフルカラーの情景に切り替わった。イメージで言えばそんな感じだ。

 頭で想像を膨らませつつ、手はキーボードを打ち続ける。新たな台本が完成した。PR動画も出来上がった。出演者との調整も終えた。
 明日は放送日!自分の声が公開配信で国内もとい世界に発信される。「少年」の奥底の思いが時空を超えて叶ったのだ。

 そうここで全てが繋がった!

まだ小学生だった頃の「記憶」「音」から、現在のVRという仮想区間での「ラジオという電子の媒体」と「発信する言葉」。言葉は時空を超えて短文SNSとなり、今リアルタイムで発信されている。

Echoes of sounds and words.

時を超え巡ったのだ。

【筆者紹介】

作者は、VRChat内では「Kさん」と呼ばれており、XでVRChatのイベントやワールド紹介・VR関係の情報を日々発信されています。また、毎朝の「おはポス」でも、今日の記念日やXのトレンドを紹介されているそうです。
毎週火曜日は、VRChatにおいてFM言ノ葉から「Kのワールド巡り」を放送中です。
以前はニコニコ動画でも活動されていましたが、現在はX、VRChat、YouTubeでのVRChatを始めとしたゲーム配信が中心となっています。