VRがやりたい!#4(メタバース連載小説)

TMRWの沼

チュートリアルワールドはさまざまな事が表示してあった。それを一つ一つ丁寧に美少女アバターは説明してくれた。また、PCで入る場合とVRゴーグルだけで入る場合との違いも説明してくれた。

ほー、そういうことができるのか~。感心しながら美少女アバターに促されるまま後を付いていった。すると、ある場所で止まってこう説明された。

「ここに3つのアバターがあるのでまずはここから気に入ったものをクローンするといいですよ」

そんなことができるのか。ざっと見渡して一番左にある猫耳のアバターを選んでクローンした。鏡の前に立つと、なるほど、アバターが猫耳のアバターに変わっていた。

「アバターってこれだけですか?」

他にはないものかと尋ねてみた。

「他は有料ですがショップでたくさん売ってますよ。自分のお気に入りをそこから探してみるのもいいですよ」

美少女アバターはにこりと笑って答えた。

そうなのか。今度ショップをのぞいてみよう。そこでお気に入りのアバターをみつけよう。なるべく他の人と被らないものがいいなー。

最後に美少女アバターは他のワールド案内もしてくれた。なんて親切な!そう思って日本人がよく集まるいくつかのワールドをお気に入りに登録した。

その美少女アバターにお礼を言って他のワールドに行ってみた。そこにも日本人ばかりいてどこそこで輪を作って話しているようだった。緊張しながらその輪の中の1つに声をかけた。

「こんばんは!」

この一言がTMRWの沼への橋渡しになった。

TMRWを始めて3ヶ月が経った。フレンドの数も増え、仲の良い仲間もできた。慣れてきてわかったことだが、だいたい午後9時前後にみんなログインしてくるらしい。それに合わせて生活のリズムも変わっていった。

仕事から帰ると夕食を食べ、シャワーを浴びる。ちょっと余裕を持って9時まで待つ。そしてTMRWにログインする。すると、いつもの仲間が待っている。フレンドたちと雑談をしながらお酒を飲む。そんな生活が身につき始めていた。あー、夢のようだ。俺はその生活に満足していた。

TMRWを始めて6ヶ月が経った。今ではTMRW無しでは一日を終われなくなっていた。アバターも新調し、自分好みの美少女アバターを使っていた。ワールドも、ただ喋るだけのワールドだけでなく、様々なゲームワールドにも行くようになった。TMRWで過ごす時間も増え、遅いときには睡眠時間を削って午前2時くらいまでフレンドと喋っていた。

休日も昼間にログインできるフレンドがいるとTMRWに入って、遊ぶようになった。何てことない。新作のアバターや改変の話、面白そうなゲームワールドや行ってみたいワールドの話。話は尽きず、昼間から酒を飲み大いに喋り合っていくようになった。

なんて楽しい時間なんだ!TMRW。がんばって始めて良かったーと、心から思った。あ~、これがTMRWの沼か~。実に心地よい!仲間がいる。お喋りができる。酒が進む。VRの世界は俺をがっちりと沼に沈めた。しかしその沼は心地よく、いつまでもこの世界に浸っていたいと思わせるものだった。今になってやっとわかった。会社の若い連中がTMRWを沼と呼ぶ意味が。ついに俺も沼の中にどっぷりと浸かってしまった。

TMRWを始めて1年。今では眠い目をこすりながら出社することにもすっかり慣れてしまった。万年睡眠不足の中、仕事をなんとかに終わらせ、午後9時にTMRWにログインすることだけが楽しみになっていた。唯一の趣味となったTMRWに、もうすっかり頭まで沼に引き込まれていた。フレンドが集まったら少しゲームをして、何気ないお喋りを夜遅くまで続けていた。午前1時を回ると、1人、また1人と抜けていったが、自分は比較的最後までTMRWに残っていた。1年前までは決して想像もできなかった世界に身を置いている。だって気分がいいんだもん。この沼からは抜けれないよ…。

TMRWの世界では何でもできた。気の合うフレンドだけで集まっては毎日遅くまで心地よい時間を提供してくれる。現実世界でのわずらわしい人付き合いもない。ここが俺の理想の居場所なんだ…。

いつものように夜中までフレンドたちと喋っていると見知らぬアバターが近づいてきた。誰だろう?と思っていたら

「あー、最近知り合ったTMRW初心者さん。良かったら俺たちの所に来ないかと話してたんだ」

フレンドの中の1人がそう言って紹介した。

「初めまして。最近TMRWを始めたばかりですが、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくねー」

皆が代わる代わる挨拶を交わしていき、フレンド申請を行っていた。自分も、

「初めまして。こちらこそよろしくね。TMRWの世界へようこそ!」

そう言って皆の輪の中に手招きした。

それはTMRWの沼への手招きでもあった…。

今日も1人、決して抜けられないTMRWの沼に招き入れる。

さあ、君も一緒にTMRWという底なし沼に身を沈めてみないか!

おわり