メタバースと心理学の融合と発展
近年、VRの技術は医療、教育、コミュニケーションなど幅広い分野で活用されています。特にCOVID-19の流行により、対面でのコミュニケーションが制限され、メタバースであるVRSNSの需要が増しています。このVR技術を使ったメタバースでは、ユーザーがアバターを通じて自己を表現することが可能であり、そこでのエンボディメント(embodiment)の効果が重要視されます。 エンボディメントとは、VR環境で操作するアバターを自己の身体として認識する感覚を指し、VRでのコミュニケーション質に影響を与える可能性があります。
一方、コミュニケーションする際に自己開示もコミュニケーション質に影響を与えることがあります。自己開示とは自分自身に関する情報を他者と共有する行為となり、その情報内容は状況や人間関係に応じて変化します。特に、高いレベルの自己開示は、親密さの向上や感情的なつながりを強化させる効果があることを明らかにしてきました。従来のVRでのコミュニケーション研究は自己開示とエンボディメントを分けた研究が多く、両者を合わせた研究はほとんど検討されていません。そこでVR環境でエンボディメント効果のあり条件となし条件がコミュニケーション自己開示に及ぼす影響について着目し、研究されている研究者がいます。
今回、この大変興味深い研究を行っている、熊本大学大学院修士2年認知心理学専攻の趙谷雨さんにお話を伺ってみました。


葵 こんにちは、本日はよろしくお願いします。
先ず、趙さんは寺本研究室で認知心理学専攻の研究をされていますね。そもそも、心理学を始めたきっかけは、なんだったのでしょうか?
趙 大学進学時に学科を選ばないといけなかったので、「心理学ってなんかかっこいいな」と思って選んでみました。入ってみると、実際は想像していたような人を見るなどではなく、先行研究などを調べて実験をして結果を出していくというものでした。そういう所に段々惹かれていき、今があります。
葵 その後、大学院に進もうと思った理由を教えていただけますか。
趙 学部生の延長で、さらに実験を続けたいと思ったからです。VR空間で顔の認知ができることはわかっていたので、アバターを使ってでも認知できるかどうかに興味がありました。
葵 大学院で始めた、具体的な研究内容を教えていただけますか。
趙 学部生の時はコロナ渦にあって対面での関わりがほぼありませんでした。でもオンラインを使ってのコミュニケーションは取ることができていました。ではVRを介してもうまくコミュニケーション取れるのかという事を考え始めたのです。そしてVRのアバターの個性によってコミュニケーションの関係がどのように変化するのかに興味を持ち、研究するようになりました。
葵 VRのコミュニケーションの対面との違いはどういうところにありますか。
趙 VRの中では『エンボディメントあり群』の方がコミュニケーションの時間が有意に長かったことが分かっています。現実とVRの一致度がコミュニケーションの長さに比例したと考えています。
葵 エンボディメントとは何ですか。
趙 アバターを使用しているときに、現実との一致感が発生しているときはエンボディメントがあることになります。いわば、アバターの自分らしさです。逆にエンボディメントが無いと自分らしさの感覚が発生せず、VR上でのアバターにも違和感を感じます。
葵 エンボディメントの感覚はどのように測定するのでしょうか。
趙 アンケートを取って一致度を調べました。コントローラーと自分の手が同じ感覚で動いているかどうか、自分の手のように感じるかどうかが大事でした。
葵 今回の研究で言えることはどういうことでしょうか。
趙 エンボディメントのありはVR空間においてコミュニケーションの時間を維持し、長くすることができます。自己開示もできるようになります。逆にエンボディメントなしだと自己開示も低くなります。つまりエンボディメントありだと初対面においてもコミュニケーションを取りやすいと言うことがわかりました。
葵 VRSNSであるVRChatにおいても、慣れの中で生まれたエンボディメント(自己一致)があると話し方が違ってきますよね。これからのメタバースにおいて、エンボディメントを持った人たちのコミュニケーションはどの分野で発展していくと思いますか。
趙 まずは医療分野での活躍が期待できます。現在、対面でのコミュニケーションが苦手と感じている人は意外と多いです。それがエンボディメントのあるアバターを介することで、コミュニケーションを進めるきっかけになれるのではないかと考えています。また、現在はAIを使った同時通訳のチャットボックスでコミュニケーションを取ることができます。しかし、間違った翻訳になることもあるので、そこで身振り手振りなどのジェスチャーが必要になってくると考えています。そこにエンボディメントがあるとより没入感をお互いに味わうことができるのではないでしょうか。
葵 それでは、今後はどういう分野を研究していきたいと考えられていますか。
趙 VRで人の特長を伸ばすことができるかどうかを試してみたいですね。例えば、アインシュタインのアバターを使って認知課題問題を解かせたら、得点が上がったという先行研究があります。また、身体にも影響を与えるとも言われ、実際に筋トレしなくてもVRで筋トレを体験することによって筋肉量を増やすという研究も行われています。このように伸ばしたい能力をアバターを通してエンボディメントを宿すことによって、心理的に身体までにも影響を与えていけるのかどうかを調べていきたいと考えています。
また、高齢者のアバターを使うことによって自分が高齢者のような感覚を生じ、実際の生活でも高齢者に対しての共感や配慮ができるようになることを期待しています。
葵 これからの心理学の研究において、VRは様々な可能性を秘めているわけですね。今後の研究にも期待します。
本日はありがとうございました。
趙 ありがとうございました。
メタバースを用いた没入感にエンボディメントという要素を取り入れた今回の研究。その上で今後は個人の特長を伸ばす事への関心も示されました。
心理学とメタバースの融合は様々な可能性を秘めていることがわかります。
今後の研究に期待したいと思います。

