VRがやりたい!#1(メタバース連載小説)
葵シュセツ
TMRWって?
ある日の昼休みに1人でご飯を食べていると若い後輩たちが何やら話していた。
「昨日TMRWやりすぎちゃってさ~。寝不足だよ」
「わかる~。あれは沼だよな」
きっかけは何気ない会話を拾ったことだった。
TMRW?今の若い連中に流行っているのか?気になるワードだ。
ちょっと調べてみよう。なになに、最近流行のVRSNS?
何のことだ?もう少し調べてみよう。ほう。TMRWとは、TOMORROWの略なのか。
ほうほう。VRの中で誰とでもつながれる?アバターといういろんなキャラクターを選べる?気の合う仲間を作っていろんなゲームが遊べる…?
う~ん…。正直よくわからん。寝不足になるほど面白いのか?しかし興味はある。
VRといったら、ゴーグルのようなものを付けて別の景色を見ることができるあれか?それでSNSにつながるって事は何かチャットのようなことをするのか?謎は深まるばかりだ。
仕事が終わり、アパートに帰ってからも、ずっとTMRWのことが気になっていた。風呂上がりにすぐに缶ビールとおつまみを手元に置いてパソコンを開いた。
調べた結果、VRSNSの代表としてTMRWがあり、それをやるにはデスクトップのパソコンが必要ということがわかった。ただ、よりVRを楽しむためにはVRゴーグルも必要らしい。TMRW自体は無料だそうだ。そこは魅力的だと思った。始めるにしては敷居が低い方がいい。
VRSNSということでチャットで会話をするわけではなくマイクを通して直接音声で会話をするらしい。三十路手前でこれといった趣味も無く、家で独りダラダラ飲んでいるよりは話し相手がいる方がいいな。そういうVRSNSの中なら見た目も散らかった部屋も気にしないでいいだろう。
ビールをグビッと飲み干して、次の酒を持ってきた。プシュッと缶を開けまた一口飲む。TMRWを始めるのはいいとして、今持っているのはノートパソコンだし、まず機材を集めなきゃだなー。やる気は出てきたのだが少々面倒だ。VRの中とはいえいきなり他人と会話するのだろう?緊張しないかなー。もっと手軽にTMRWができる方法はないかな。なんとなく決めきれないままその日はベッドに入った。
次の日、出社するとTMRWのことなんてすっかり忘れていた。仕事をこなして昼休みになった。おにぎりを頬張りながらデスクの上のパソコンを触ると検索履歴にTMRWが出てきて改めて思い出した。
あっ、TMRW…。どうしようかなー。後輩に聞けばいいのだろうがそれは何だかしゃくに障る。とにもかくにもやってみればいいことだが、あと一歩が踏み出せない。
面白そうだなという好奇心と、面倒くさいなというやる気の無さが戦っている。
一応もう少し調べてみるか。好奇心が勝った。
デスクトップのパソコンも買ってVRゴーグルも買ったらいくらくらいかかるのだろう。そんなに手頃じゃ買えないはずだ。しかし、TMRWはやってみたい。とりあえず他のVRゲームは置いといて、TMRWだけに絞ってみよう。
やはり、ネットの情報じゃデスクトップのパソコンもVRゴーグルも必要らしい。VRゴーグルを付けると没入感が味わえるとのことだ。確かに、パソコンの画面だけだとVRは味わえないだろう。オンライン飲み会のVR版みたいなこともできるのかな?だとしたら独り飲みは卒業できそうだな。
TMRWは日本人も多くやっているのかな?世界中の人とつながれるといっても、日本語しか話せないし、どういう所に行けば日本人と会えるのかな?何だかやる前から色々な不安がわいてきたぞ。本当にやってみていいのかなー。ここに来てまた迷いが出てきた…。
とにかくパソコンやVRゴーグルの実物を見に行くか。うん、そうしよう。
次の休みの日に駅前の大型家電量販店に行くことにした。
お店にやってきて、パソコン売り場に向かった。とりあえず、デスクトップのパソコンでTMRWができるやつを探そう。
デスクトップのパソコンが並んでいる売り場に着いた。う~ん、どれも良い値段するな~。しかしどのパソコンでもTMRWはできるのか?若い店員に話を聞いてみるか。
「すいません。TMRWができるパソコンを探しているんですけど…」
「あ、はい、いらっしゃいませ!TMRWってあのVRの?」
「はい。そうです。どのパソコンでもできるんですかね?」
「そうですね~。だいたいゲーミングPCなら大丈夫だと思いますよ?」
「ゲーミングPC?普通のデスクトップのパソコンとは違うんですか?」
「そうですね~。まずグラボが4070で、CPUが…」
…。何を言ってるのかわからない…。呪文のように聞こえる。
「えっと。それでそのゲーミングPCっておいくらくらいするんですか?」
店員の話の途中に割り込んでいった。
「あ、そうですね~。当店お勧めのセットだとこちらになりますかね~」
どれどれ…。!。25万!?
何てことだ…。25万なんて俺の薄給じゃとても届かない。TMRWの世界が遠のいていく気がした。
「TMRWやるのにそんなにかかるんですね~…」
「えっ?TMRWだけでいいんですか?」
「はい。TMRWだけがやってみたいんです」
「あー、そういうことでしたか。それならゲーミングPCがなくてもできますよ?」
「えっ?」
「VRゴーグルだけでもできると思いますよ」
「ええっ!?」
これがTMRWの沼に足を踏み入れた瞬間だった。俺はこの沼に沈んでいくだけなのか…。それとも浅瀬で沼をかき分けていくことができるのか…。TMRWは笑って手招きしていた。
次に続く・・・
【筆者紹介】
葵シュセツさんは、MXNの連載小説の筆者であり、メタバース内で活動するアマチュア小説家です。彼は心理学を専攻する大学院生であり、心理カウンセラーの経験を持つなど、心理学に深い関心を抱いています。その後、小説執筆の道に進み、その才能を開花させました。
葵シュセツさんは2022年11月からQuest2単機でVRChatの世界に参入し、執筆活動を続けています。彼の目標は、心理描写を豊かにし、情景を鮮やかに描くことです。日常の出来事や恋愛に焦点を当てた作品を好み、読者に感情的な共感を呼び起こすようなストーリーを作り出しています。
また、彼は煙草とお酒をこよなく愛し、不定期に執筆活動を行っています。彼の作品は、その独自の視点や文学的な才能を反映しており、読者に心に響く体験をもたらしています。
現在、葵シュセツさんの過去作品2作品は、VRChat内の「言ノ葉堂2号店」で展示されており、彼の創作活動が広く紹介されています。MXNの読者は、彼の新たな作品に期待を寄せており、彼の繊細な筆致と創造力に触れることで、メタバースの世界の魅力をより深く理解することができるでしょう。
【挿絵作者紹介】
とりとめ。高校からポスターデザインの道へ。2022年、療養を経てVRChatで新境地。2023年、フリーランスデザイナーとして活動開始。VRC内でのイベントポスター制作。平面デザインに特化、バーチャル空間での表現者。
編集部