ヴァーチャル上でも心の交感で生まれるドラマを求めて
記事:cold_mikan
メタバース空間でお芝居をつくることについて、唐辛子にインタビュー。
二年半のメタバース空間での活動を振り返って、今思うことに迫る。
演劇に取り組む上で適切な情報を提供し、演技に向き合う仲間たちと共に、VR上で演劇文化の活性を
養成所講師・劇団主宰の唐 辛子さんが長年の経験を活かし、自らメタバース空間内で声と演技に関係する指導を行っている。
「kara_turakoの発声・活舌練習(通称:からとれ)」はVRChat上で毎週木曜日22:00から定期開催されるイベントだ。
何故、このようなイベントを行うに至ったのか。その経緯を唐辛子さんに伺った。
−−VRで発声・滑舌練習のイベントを始められたきっかけは何でしたか?
もともとは発声練習ではなくお芝居ができたらいいね、がスタートだった
唐 辛子:
まず、【からとれ】に関しては、お芝居をいきなり始めることは敷居が高いので、とりあえず声を出すところからだと思って。発声練習をしよう、主に滑舌練習中心で、みたいな。
からとれ自体は自分が発声練習をするために開いているというのはあります。人間ひとりだとついついサボっちゃうから、自分でサボらないためにもやるかな、っていうので始めて。じゃあ丁度いい、芝居に興味があるんだけど、人が集まれば何かできるかな、っていうのもあって。
だから最初は、発声練習をやる場をつくりたかったわけではなくて、みんなで集まってなんか色々やろうよ、というところから【からとれ】を始めました。
ところが興味を持ってきてくれる人が、奇しくもお芝居やりたい人・元演劇部員とかよりは、『自分ちょっと滑舌苦手なんです…』というような滑舌に苦手意識のある人の方が多かった。
じゃあこれは、一緒に滑舌練習やりましょう。そしたら、『ここに気をつけるといいよね。』『この辺地味に大事だよね』と、アドバイスをするうちに、結果的に教えるというスタイルにスライドしていきました。
「からとれは和気あいあいとしたコミュニティです」(key-chan さん)
からとれの魅力は、声のトレーニングをする数少ない場(イベント)であること、毎週欠かさずに開催されていることだ。
参加者は当然、より良い声を求めて参加しているが、それ以上に得るものがある。
それは同じ目的を持つ仲間とイベント内で出会えることにより、良き友人関係を築ける場であることだ。
イベント参加者は演劇に取り組む以外で実生活などに於いても滑舌・発声練習の効果を感じている。
「半年前から参加しています。この【からとれ】と出会う前は普段から喋る機会少なく、リモートワーク中の週に1度のミーティングでのみ、会話する生活でした。それもあり、初めの1か月はイベント終盤に差し掛かるころには声が枯れていることも多かったです。しかし、通い始めて2~3か月経つ頃には声が枯れなくなり、また日常ミーティングでも頭で思ったことをすぐに言語化できるようになったので、人と喋ることに対しても負荷が少なくなりました。」(ありあ さん)
「私は1年前から参加しています。元々あまり声が通らないような声質でしたが、【からとれ】に行ってしばらくすると声が通るようになったように思います。また、私は自由な姿や性別でいられるVRChat上では、自分のなりたい姿のアバターに合う可愛らしい女の子の声を出すように努力をしています。【からとれ】に行くようになってからは、地声とともに可愛い声もうまく出せるようになった気がしています。」(usymうさや みふゆ さん)
「私は2年前から参加しています。プレゼンのウケが良くなりました。会話をするときに『表情ついた声だね』と言われるようになり、言葉がしっかりと相手に伝わるようになった感触があります。特にリモート会議だと、身振り手振りが殆ど使えないので、声だけで自分の思いを伝えられるのは有難いと思っています。もともと演劇に興味はありましたが、実際に自分が現実で演技をすることはありませんでした。VRでの演技に興味を持ち始めたのは【モラトリアム戦艦桃】がきっかけです。」(key-chan さん)
モラトリアム戦艦桃は今年3月にメタバース空間上で上演されたVR演劇だ。
−−オンライン演劇やVRの持つ特殊性に対し、様々な意見がある中で、今回の【モラトリアム戦艦桃】の公演を終えてどのような感触がありましたか?
唐 辛子:
いわゆるみんなが言うような現実とVRの違いはあります。身体が自由に動かない、ラグがある、空気とか気配みたいなものが捉えられない等、そういう問題はもちろん違いとして存在するし、無くならないとは思う。
実際にやってみて、様々な問題点が出てきて、形にならないかもしれないと心配したこともありました。でも、これはみんなの努力や頑張りのおかげというのもあるけど、想像以上に出来たな、と思っています。
【モラ桃】をやる前に、できることできないことはあるよね、と思って何となくアタリをつけていました。適材適所…それこそ実際の劇場も劇場によってできること違うよね、ってレベルで。けれど、大体概ねやろうと思っていたVRの世界だと難しそうだなと考えていたものが、思っていたより出来ていた。
例えばラグの問題。観客ごとに、やる人同士でも、生でやるよりかは確実にタイムラグがあって。会話のテンポがどうしても悪くなるんじゃないのか、という心配をしていたけれど、出演者の努力によって、吸収されていたのではないかと思う。
(それによって、役者の生理には反するという新たな問題は生じてはいたと思う。)
演劇でタイミング揃えるというのは、『せーの』や『この合図から3秒後ね』みたいな、そういうのではなくて。本当にお互い空気を読んで、心の声で、『どうする?どうする?よし、いこう!』みたいな、そうやってその結果でしか揃い得ないものがあります。
それが今回これだけ揃ったってことは、およそVRではできないって言われている心の交感(人と人とが感じ合うこと。気持が通じ合うこと。)みたいなものができるじゃないか、ということも感じています。
思っていたより、やりたいことはできていた。
だからこそ、ここまでできるんだったら、ここまではできないだろうと諦めていたことを全然チャレンジしていけるはず。
唐 辛子:
意外と演劇として成立させることを狙える気がするという意味で出来ていた。
そもそも演劇って何だろう。なかなか言葉でいうのは難しいんだけど。セリフがあって、役者がいて、舞台の上でドラマを繰り広げる。台本に書いてある色々な事っていうのは、【モラ桃】は出来てたんじゃないかって思います。
だから、その、もう一歩先…もっと欲張るのなら、演劇が映像と違うということを追求したい。
演劇が生であるのは何故なのかというのは、やはり生でしか出せない何かがある。
録画ではなくて、役者が毎回毎回、生身で目の前のドラマに反応する。だから毎回毎回違うものが出てくるよね、というのが舞台の魅力だと思っています。
お芝居はいわゆる、台本があって、役を演じるという…そういう意味ではSHOWとして成立するんだけど、そこよりもう少しつっこんだところ。
役者同士の心の交感
唐 辛子:
演劇の魅力は『役者が目の前で、生身で心の交感によっておこるドラマをしている』という要素があると思っています。それをVRでも、VRではあるけれど、何某か、お互いの『空気を読む』や『間を図るといった』ことをしっかり狙っていけるんじゃないかな、と。
【モラ桃】のときは当然、アイコンタクトとかも使えないので、Discord(ディスコード)という無料チャットアプリをボイスコミュニケーションツールの外部手段として使用しました。むしろ、よくこんな難しいこと出来たよね、良く揃えたよね。感心することしきり…。
その辺を、今後も模索していきたいな、というのはあります。
唐辛子さんは7月18日より演技ワークショップを開講した。
少人数で行うワークショップにはどのような意図があるのだろうか。
−−このタイミングで演技レッスンを行おうとしたきっかけは何ですか?
一緒にお芝居を作る相手を見て演目を決めたい
唐 辛子:
本当は、すぐにでもお芝居が作りたい。でもまだ準備ができてない。やりたい演目が複数あって、実はまだ選びきれてないんです。何かやりたい。すぐに作るのは難しい。でも、芝居に関わる何かはしていたくて…じゃあ練習しよう。
その中で、出会っていく人たちの「この人はこういう芝居をするのね」「この人こういう感じなのね」って見ていく、その人の演技をみることで、そしたらやろうと思っている複数の演目のうちから、1つが決まるかなと。
役者を使う側の立場として、役者を選べるようにしておきたい
唐 辛子:
あとは選択肢。単純に役者としてお誘いできる母数が増えれば、お芝居をやりたいと思ったときに選べる。男女それぞれ何人ずつ必要です。できればこういうキャラクターとこういうキャラクターがいるのでこうしたいです、という時に、現実問題として、やりたいと思っている人はいるだろうけど、相手がどう思ってるのかわからないと役者としてお誘いしていのか躊躇ってしまいます。また「この人とこれやったら面白いよね」とか「この人とこの人組み合わせてみたいな」というような、役者を使う側の立場として、役者を選べるようにしておきたいです。
今回の【モラ桃】は少人数だったので、すぐに埋まって良かったけれど、毎回そういう訳ではないだろうし、毎回その人たちに出てもらう、というわけでもないので。役者を選べるようにしておきたいから役者を増やしたいのはあります。
役者が増えることが演劇を盛り上げる一番の手段
唐 辛子:
とりあえず役者が増えないと演劇は活性化しないのではないか。演劇を活性化させるなら、役者を増やした方がいいのではないか。
欲を言うなら、当然人間なので好みがあるし、自分好みの役者が増えてほしい。自分はこういうのが好きで、こういう演劇をやるから、こういう芝居をやるから、こういう役者が増えたらいいなぁ…そのために、自分で自分好みの役者を増やそうと思いました。
考えていてもしょうがないのでとりあえずやってから考えよう。幸いなことにレッスン自体はやっているので、早々にレッスンをやろうか。
じゃあなにをするか、どうするかと。そこで、先ほどの『役者が目の前で、生身で心の交感によっておこるドラマをしている』等を今回のワークショップという形でつっこんでいきたいと思っています。
『これはこうですよ、こうしましょう』という様なレッスンとは違って、『ちょっとこういうことをやってみてください。』『そしたら、もしかしたらこういう可能性もあるのかな』と自分自身の気づきの場やみんなで手探りしていくワークショップの形でやっていきたいと考えています。主に、『自分が手探りしてくので、みんなついて来て!』みたいな…。
そういうことしてもゆるしてくれるんじゃないかな、と。いいじゃない。そういうこと、したくなるでしょ?
木曜日の発声・活舌練習と火曜日のVR演技ワークショップイベント両方に通うkey-chan さんは以下のように語る。
「演技ワークショップは本当に演劇やりたいという人が演劇をやるために集まっているというような印象を受けます。2つのイベントの大きな違いとしては、からとれの方は自主練習も可能なメニューで復習もできるような環境ですが、演技ワークショップは複数人で集まって練習するからこそできるメニューのように感じます。自主練習が可能かできないかの違いはあると思います。」
ヴァーチャル空間を使用した演劇は、近年生まれたばかりだからこそ、まだ明確でないことばかりだ。だからこそ、多くの人がVRや演劇に興味をもってお互いの知恵や技術を出し合い、様々な形式の演劇に取り組み、問題点などをディスカッションや試行錯誤することでより良い作品を生み出すきっかけになるだろう。自分(ユーザー)の分身となるキャラクターアバターを纏いながらも生身で心の交感をしてみるということは大変難しいことかもしれないが、筆者もVRで行う演劇がより良い作品となるように、ひとつひとつ、日々の気づきを積み重ねながら向き合っていきたい。